【メンバー】荘司 今野 児玉
児玉さんが1泊の沢で「ビヤ沢」を例会で提案した。すぐ会長も参加を表明したが、こちらはそんな気分にはなれず、「もしかしたら」程度は言ったが、
自分から「参加」を表明する気にはなれなかった。何しろ、体力に不安があったからだ。
でも前日に会長からお誘いの電話があった。「天気が心配、体力に不安が」といっても、最後には「ではいいな」ということになってしまった。
まあ自分から参加したいというのはムリだが、誘われれば「ありがとうございます」という気分だ。児玉さんがどう思っていたかは気になるところだが。
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GPSデーターを元に地図に滝の位置を記入。二日目緑色。途中で電池交換してまた赤いトレースに |
「できればその日のうちに山頂小屋泊」という会長の言葉を聞いて、宿泊代を準備し、竿はあきらめた。でも、21年前と同様に、途中でビバークとなった。
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まずは吊り橋からスタート | 小沢はコンクリート製 | 道路に水路。しっかりしている |
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発電所が現れた(道路整備もナルホド) | 本流が白濁していてびっくり。 | F1 右のビヤ沢に入ると澄んだ水になった |
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近づくと3段滝だった | 2段目は何とかクリヤーしたが進めない | 2段目上、児玉さんを右高巻きで吊り上げる |
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F1通過 | 懸垂下降した地点 | 会長命名「ダイヤモンド滝」 |
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ゴルジュの滝(左のルンゼを高巻く) | 巻き終えてヤレヤレ | 難しい滝ではなく |
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右に巻き道がある | ここだけ先頭で登る | V字滝 |
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魚影を見て児玉さんが釣る。腹がオレンジの岩魚 | 2条滝 | 二折れ滝、イワナの姿が見える |
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だんだん赤くなってきた | 赤い滝 | 左、褐鉄鉱の赤 右、澄んだ流れ |
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滝の遠望 | 右岸(左側)を登る | 滝の途中で |
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左にも流れる滝 | その右(左岸)を行く | 今度は左(右岸)を行く |
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この後は薮を高巻く | ほとんどの滝は会長が先行 | やっと見つけた幕営地(テン場)前の滝 |
薪を集め、ウチワで扇ぎ、イワナを焼く。
鉈とウチワを持ってきたのが3人目の参加者のマナーか。もちろん木も集めたが。
火熾しは会長がうまい。年の功と言うより、その時代の生活だったことを思い出す。
私も小学校時代、マッチ1本で着けるカマドの火を兄と競っていた(→まだプロパンガスが家にはなかった)。
何たる幸運か。満天の星だ。「天然プラネタリウム」という会長の言葉は「おいおい」だ。こちらが本物だろう。
「誰か解説を」という言葉も耳にしたが、シュラフカバーやタープを広げるのに忙しく、付き合いきれなかった。
3人が並んだ寝床に上からタープ用の1枚を掛けただけで簡単だ。
シュラフに入ると、ボンヤリ見えた星の塊が、周囲の星の配置からスバルだと分かった。
高校時代、天文にあこがれ、「結ばる」から「スバル」の名ができたことを知っていた。
別名「六連星(むつらぼし)」だけど、当時は8つほど星が見えた。
視力が衰えた今は眼鏡を掛けてもいささかシャープな「ボンヤリ」だったのが悲しい。
明け方にはオリオンも上がってきて、東の方角が分かった。
2日目は大きな滝の突破から始まったが、水量が減った分、水際のホールドに助けられ、何とかクリアーできた。
その後もほぼ滝の連続で、地図上、等高線の狭さの理由が判った。
膝の痛みを訴える会長が2番手に下がりこの日は児玉さんがトップを行く。
地図上のF3が難関だった。滝の右(左岸―水流に沿った左右で表す)の薮に突入したが、やっと合流すると、
会長が「左にトラバース」という。それににつられて進むと、ハイマツが邪魔だ。これを避けるとだんだん下がってしまう。
足元が急になり、もう登り返せなくなってしまった。そのままズルズル下がって、とうとう足元に段差ができた。
これは無理だ。登りかえして戻ろうと腕と腹筋に力を入れたら、笹が腹を押さえた。
これをふりほどく力はもうなかった。するする下りて、草付きに出た。なんとか踏みとどまり、右から巻いて戻ることにした。
途中で伏流水を見つけ、カップで汲み、しっかり飲んだ。その間、会長の笛や滝の源頭の児玉さんの姿に励まされた。
会長の指示だろうか児玉さんが薮をかき分け再び合流してくれザックも担いでくれた。感謝(^_^;)。
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朝、南の方角 | 水量が減り、左側の水際を登る |
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山の端に陽が差した | 児玉さんがグイグイ登る |
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05:55地図上、F3の下の滝 | 沢の右側を行く |
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南側の眺め | 同じく南側(30分後) |
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F3が見えた(このまま藪漕ぎ) | 1時間半のロスでやっと滝の上に出る |
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長い雪渓(ビヤ沢雪渓)を振り返る | その後も巨岩の沢が続く |
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新山と千蛇谷 | 伏拝岳(ふしおがみだけ)を下山する |
その後はたいしたトラブルもなく、児玉さんが先頭で、会長が2番手、今野が3番手で登る。
ビヤ沢雪渓の巨大さには目を見張る。なるほど、沢の水量が多いわけだ。
夏でもスキーができそうな距離だが、その雪渓に入るのは難しく、片斜面ではあまり楽しくはなさそうだ。
行者岳の鞍部に登り着き、伏拝岳からアザミ坂を下り、河原宿、滝の小屋を経由して駐車場に着き、登り口に置き去りのフォレスターを回収した。
アポン西浜(350円)で風呂に入り、自宅着19:40。ハードな沢で左の腕にまだ、だるさが残る。(2012.08.21 管理人今野記す)
追記 (12.08.30地図を追加し、ビヤ沢に関することを本文の後に移動した)
以前、掲示板に久喜さんが計画を載せてくれたが、その後、父上のご病気で中止となった。 現在、仙台在住でその業界の重鎮となった彼の忙しさは当時から相当なものだった。
投稿者:久喜
投稿日:2007年 7月25日(水)21時09分3秒
8月に鳥海の沢の計画担当となっておりますが、公私ともに超多忙により、9月に変更したいと思います。9月15日から16日、ビヤ沢。八幡町側で白沢の直ぐ隣ですが、頂上まで合流しない、滝の多い沢で溯行時間がかかるため、沢中で一泊となります。高巻きが多いとの情報ですが、直登へも挑戦したい。岩魚はいないとのことですが、その調査もしたいと考えています。15日、6時にかほマックスバリュウ集合とします。同行者1名以上で計画実行とします。初心者、体力な無い方はご遠慮下さい。17日は予備日とします。
それ以前、白沢川では引き返す
1990年8月、久喜さんと久さんに誘われ、白沢川に入った。途中、F1でいきなり泳ぐ釜があるというので、水中眼鏡を持参した。
久さんの次に入ったが、水の冷たさに思わず息を吸い込んでしまった。全身が縮こまって、やめればよかったという気分の呼吸となった。
滝壺に向かって泳ぐとき、平泳ぎでは進めずクロールが最善で、水中眼鏡は役に立った。そのとき、ザイルが水中に伸びていて安心感もあった。
泳いで取り付いた岩で「ビレイ頼む」とトップの久さんに声を掛けられた。当時、「ビレイ(確保)」を知らず「えっ?」という気分だった。
途中の滝の前で1泊し、イワナをつり上げたが、結局その山行は失敗に終わり、その沢を下りて山形側の沢の大きさを思い知らされた。
1990年→1991年(記録があり、記憶違いでした。12.09.04修正)
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